院長コラム

院長メッセージ(25)少子長寿社会に変化に対応する(2)

2015/05/05

image001この日本で、1972年から1983年までの約10年間、老人医療費の無料化が、夢や幻ではなく、現実のものとして行われた。
日本の社会保険制度は、(1)年金、(2)医療保険、(3)雇用保険、(4)労災保険が確立していた。定年になった後の病気の不安に対して、老人医療の無料化は社会のセーフティネットとして素晴らしいものであった。しかし少子長寿社会の到来を実感させたものは、2000年に新しい社会保険制度として実施された(5)介護保険であった。

私はそんな70年代に北の街で、精神科医になった。仇花のような高齢者医療に比べて、精神医療は貧困で、臨床現場は混迷を深めていた。平松(記念)病院では、統合失調症の方たちに出会うことが多く、私は、市中で彼らの居場所となるべき、回復者クラブ-デイケアを1975年に準備を始めた。病院の片隅に喫茶店と作業場をつくり、もいわ工房ピノキオと称した。そこに集う回復者の活気と自由な雰囲気に、少し希望が見えた気がした。

しかし急速に進んでいる少子長寿社会は、精神科臨床を劇的に変化させつつある。出会う症例は、価値観の変化がライフスタイルの多様化をもたらした。当然、治療やリハビリテーションも変化に対応しながら進化を続けている。そんな少子長寿社会で悩み苦しむ人々の「心に響く鐘があるとしたら、その鐘を鳴らす小さなコイン」がかすかに見えるような気がしている。

その小さなコインの表は
「性同一性障害から脳の性文化を考える」埼玉医大学長山内俊雄先生の講演を聞く機会が平成22年11月24日に札幌であった。この話を聞いて、ジェンダー、性差の問題であると考えた。その講演によると、
人の男性か女性かを分けるのは、染色体遺伝子で、22対の常染色体と一対の性染色体、計46本の染色体を持つ。

一対の性染色体の組み合わせが男女差を決定する。女性では二本のX染色体、男子ではX染色体とY染色一本ずつとなっている。男女の性差に影響を与える身体的要因であるテストステロン(男性ホルモン)の上昇は妊娠(胎児)8週から24週と生後1から6ヶ月の二つの山がある。心理・社会的な男女の性差は、遊び友、玩具、絵画などから見ると、生後1歳半から3~4歳に認知されるという。

子どもが感じる「自分らしさ」と大人が子どもに求める男の子らしさ、女の子らしさへの期待との間にギャップが生じているかもしれない。もし行き違いがあるとしたら、この時期の子どもは、知的発達段階としては、大人の判断力に対抗する力を持たない。周囲の支援がないなら、性差の問題を解決するには知的発達段階からみたら、思春期まで待たねばならない。

小さなコインの裏は、古くて新しい問題であるフロイトが確立した「トラウマである」 精神分析医のフロイトは、5~6歳の心理・性的発達段階で男の子は父親(養育者)に対抗し、母親(養育者)に親和性を持つ葛藤を克服して、また、女の子は、母親(養育者)に対抗し、父親(養育者)に親和性を持つ葛藤を克服して、人格(パーソナリティ)を形成するという。その過程で生じる親子の対立はコンプレックスや心的外傷(トラウマ)を形成することが多い。

image0037歳から11~12歳までの心理・性的発達段階は、児童期・学童期を指している。この学童期には、目の前の物事を繰り返すこと、学習や友人との遊びにエネルギーが注がれ、勉強や身体機能が飛躍的に発達する。その結果として自我機能の更なる発達が促進され心の悩みは表に出にくい。 しかし現在の子どもは、家庭では児童虐待が少なくなく、学校ではいじめもありこころが傷つきやすい環境に置かれている。

E・Hエリクソンによれば、思春期、青年期は、子どもが大人になる過度期である。つまり保護され責任を問われない子どもから、自立して責任を持つ自分は何か、自分が確立され、大人になる時といわれている。 この時期は精神的にも、身体的にも大きな課題つまり受験・就職・結婚など試練を超えなければならない。子どもの時に抱えた「性差」と「コンプレックス・トラウマ」などこころの問題が再燃しやすい。従って、精神障害の多くはこの時期に発症する。

私が、常に念頭に置いていることは、 一つ目は、河合隼雄の【とりかへばや、男と女:1991年新潮社刊】である。半可通な引用なので、本文をぜひ読んで頂きたい。

【男女の役割がおおくの文化において、非常に固定的に考えられることの背景として、人間の意識の二分法思考の優位性ということが存在している。・・・・・・・・・・・

二分法の組み合わせによる判断は、二進法の数によって表されることになり、それらの判断の関係は、・・・コンピューターの演算機能に近くなってきている。・・・・・・

人間は身体と精神とに分けられる。この分類に立って、精神は身体よりも優位であるとか、高尚であるとう考えが生まれ、続いて精神には男性像、身体には女性像が当てはめられると男尊女卑の構造が出来てくる。

ところで二分法的思考にとって、もっともやっかいなものが「性」である。それは「切る」ことよりも「つなぐ」ことに力を発揮する。・・・・・・・

人間は二分法によって考えるのが好きであり、特にそれは近代になって明確になった。心と体(精神と物質)とを二分するデカルト主義に基礎として、近代科学が成立した。・・・・

人間を精神と身体に二分する思考法は人間を「研究」したり「操作」したりする上において、極めて有効であった。・・・・・

最近になって増加してきているように思われる心身症は、精神と身体の二分法的思考に反逆するもののようである。】

二つ目は、水島広子著【トラウマの現実に向き合う-ジャッジメントを手放すということ-岩崎学術出版、東京,2010刊】にある【患者は、ジャッジメントを受けると弱くなり、患者を強くするものは、アセスメントである。】

三つ目は、【心的外傷と回復:ジュディス・L・ハ-マン・中井久夫訳:1996年みすず書房刊】

【心的外傷体験によって生じた無力感と対人関係を作れない孤立は深い。周囲の人々はそのこころをしっかり受け止める。そのことなしに、相互信頼と力づけ(励まし)は成り立たない。】

【完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね】
1979年刊、村上春樹の処女作「風の歌を聴け」の有名な冒頭の文章である。この文章を借りてみる。

「完璧な人などはいない。完璧な育ち方がないようにね」

としたら、医師、心理士、作業療法士、看護師、薬剤師、栄養士、そして精神保健福祉士は、チームで共にアセスメントを繰り返し、共に傾聴を繰り返して、患者さんと相互信頼ができて、患者さんに、多少の力付けをできたらと切に願う。

院長・宗 代次

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